大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1184号 判決

控訴人 異議被申立人・申請人 泉岡宗三 外一一名

訴訟代理人 前堀政幸 外一名

被控訴人 異議申立人・被申請人 古川浩 外一名

訴訟代理人 横田長次郎 外一名

主文

原判決を左の通り変更する。

大阪地方裁判所が同庁昭和三七年(ヨ)第二二八八号仮処分事件につき同年九月六日に発した仮処分命令は、そのうち被控訴人古川浩の被控訴会社の代表取締役及び取締役としての職務執行を停止し、右の代行者として弁護士色川幸太郎を選任する部分は、これを認可し、臨時株主総会開催を禁止する部分は、これを取消す。

右取消部分に対する控訴人等の仮処分申請は、これを却下する。

訴訟費用は第一、二審ともこれを三分し、その一を控訴人等、その余を被控訴人等の負担とする。

本判決は仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。本件につき大阪地方裁判所が昭和三七年九月六日に為した仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴代理人において、

一、本件定時総会は、単に取締役の法定最低数を確保することのみを目的とした総会ではなく、会社の健全な運営のための根本方針を決するための定時総会なのであつて、定款の定める三名以上七名以下の範囲内において実際上何名の取締役を置くかは、右の法定最低数の確保とは別に、専ら会社の業務遂行上の必要を考慮して、総会自体がこれを決すべきところである。尤も総会は事実上は取締役会が議案として提出したもののみを審議せざるを得ないから、本件の場合は、取締役会において、善良な管理者の注意により、会社の業務遂行上の必要を考慮した上で、総会において選任すべき取締役の員数を決定し、これを議案とすべきであつた。そして被控訴会社においては、昭和三一年七月三一日以来本件総会の直前まで、昭和三六年三月三〇日の控訴人甘糟勇雄の辞任による後任補充までの二七日間を除いては、取締役は常に五名であつたから、被控訴会社の業務遂行上の必要を考慮すれば、取締役は五名が最適とされて来たのであつて、本件の場合、特に減員すべき事由がなかつたことが明白である以上、取締役会は現任者の員数即ち三名の選任の議案を提出することが、その注意義務に副う所以であつたのに拘らず、被控訴人古川浩、訴外古川正、古川明等が、専ら控訴人等の累積投票の請求を回避する目的のみから、ことさら法定最低数なる要件を楯に取つて、極めて異例の総会手続に出たもので右は取締役としての注意義務に反することは勿論、さらに多数株主権の濫用であつて、累積投票制度を定める商法第二五六条の三、同条の四に反する違法行為である。この点において、本件総会の招集手続及び議決の方法は、共に、商法第二五四条の二、二五六条の三、同条の四、一条(民法一条三項)に反し、仮りに右法令違反でないとしても、著しく不公正なものである。

二、被控訴会社の取締役会は、現に、会社の業務遂行のためには少くとも四名の取締役を必要を認めて、さしあたり二名を選任することを決定していたのであるから、本件総会において同時に右二名を選任すべき議案を提出することが可能であつたにも拘らず、取締役会は、専ら控訴人等の累積投票の請求を回避する目的で、ことさらに右二名を各別に、各別の総会で一名宛選任する議案に分けたものであつて、右は累積投票制度の趣旨を全く没却する脱法行為である。控訴人等の累積投票請求権は、奪うべからざる少数株主権として法認されているものであるから、本件総会の招集手続及び決議方法は共に前記法条違反、又は著しく不公正なものである。

三、本件総会の招集手続は、手続自体を抽象的に見れば違法といえないとしても、招集手続が不法目的からなされ、しかも右不法目的が招集通知自体に表示されている。そして、商法第二四七条にいわゆる決議方法とは必ずしも表決方法のみに限らず、議案の提出方法の如きも含むものというべきである。けだし、決議は予め株主に通知される議案を対象として、その範囲において為されるのであるから、議案の提出のやり方如何が決議の方法を支配するからである。本件において取締役一名選任の議案を総会で修正して二名選任とすることは、累積投票請求権の成立、行使を妨げるから、違法であつて許されないから、議案提出の方法、その通知は、招集手続にも関すると同時に決議の方法にも関するものである。それで本件総会はその招集手続、ひいてその決議方法に瑕疵がある。

四、本件総会の如き事例は、我国では前例がないらしく裁判上も見られないようであるが、学説ではすでに多数濫用問題の一部として論じられて来たものである。この問題は、現行商法第二四七条の制定以前から、方法の不公正な決議の瑕疵として、右法条制定後はこれにより処理し得べきもの、即ち投票買収、反対株主の参加阻止、真の意図を隠した議事日程の通知など、フエアプレーの精神に反する方法で決議を成立させた場合が例示的に採り上げられていた。現在は多数決濫用を決議瑕疵原因と認めるのが通説であるが、仮りにこれを認めない立場からも、右が決議方法の違法ないし不公正として認めるべき結論には差異がない。

五、被控訴会社においては、いわゆる古川一派と控訴人等は、表面上はいわゆる授権資本の枠の拡大をめぐつて対立しているのであつて、古川一派は現在では特別決議に要する多数を占め得ないところから新株割当自由の原則(定款に新株引受権の定なし)を利用して、一挙に絶対多数を制すことが、授権資本拡大の真意である。右の事情から、本件第二の臨時総会の議案の真の意図は明白で、定款変更の表示を故意に避け、違法な新株発行を敢行して既成事実を醸成する不法な企図で、決して単なる株主の意向打診のためのものではなく、右臨時総会は、それ自体開催を禁じらるべき違法かつ著しき不公正のものである。と述べ

被控訴代理人において、

一、本件定時総会においては、同一総会で二名以上の取締役の選任がなされる場合でなかつたから、控訴人等は累積投票を為し得る地位にはなく、しかも総会の五日前までに請求書面を提出していないから、累積投票を妨げた決議ではない。

二、昭和三七年七月五日の取締役会において、本件定時総会で取締役一名(古川浩)の選任提案を為し、日を更めて取締役一名(古川明)の選任提案することを決議したことは認める。しかし総会は事実上、取締役会が議案と定め、提出したもののみを通知し審議するもので、その範囲を超えて審議するを得ないから、本件における総会の招集手続、選任決議方法には法令定款に反する点なく、不公正は存しない。

三、取締役会は、当面の社会経済事情と会社の業務遂行上の必要とを考慮して、総会において選任すべき取締役の員数を決定することは何等支障なく、本件の決定も右事情に基いてなされたもので、取締役五名が常に最適であるとする論理は毛頭存在しない。現に、被控訴会社においては、取締役は、昭和一八年から二三年までは四名、二四年から二六年までは三名、二七年は四名、二七年から二八年までは五名、二八年から二九年までは七名であり、当面の事情に応じて決定、選任され来つたものである。

四、本件第二の臨時株主総会の決議については、別にその決議不存在又は取消請求の本訴が提起され(大阪地方裁判所昭和三七年(ワ)第四九六三号事件)、右決議の有効無効はこれにより決せられる(被控訴会社は行掛り上右臨時総会を開催し、取締役に古川明を選任し、株式総数八万株までの発行を決議したが、これは行き過ぎであるから、敢て争わず、欠席判決を受ける予定である)。そして本件定時総会の決議の瑕疵が判定されない以上、これを前提問題とする臨時株主総会の開催許否は判定せられ得ない。

五、被控訴会社においては、老朽退廃の大江ビルヂングの大改修が急務で、その資金調達が必要なるにも拘らず、留任取締役白山宣太郎、泉岡宗三は退任取続役前代表者甘糟勇雄と結託して、定款変更を要する増資の特別決議に反対し、その関係者の持株は発行済株式数の三分の一に該当するので、特別決議が出来ず、増資による資金調達は望み得ない結果となり、資金蓄積と非協力役員の排除を考えざるを得ないことになり、内訌は激烈化している。と述べたほか

原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

証拠(疏明)として、控訴代理人は疏甲第一ないし一二号証(第七、八号証は各一、二)を提出し、疏乙第一号証の成立を否認し、その余の乙号各証の成立を認め、被控訴代理人は疏乙第一ないし三号証(第二号証は一、二)を提出し、疏甲号証の成立を認めた。

理由

被控訴会社の昭和三七年八月一〇日開催の定時株主総会(以下本件定時総会と略称する)において、被控訴人古川浩が取締役に選任せられ、同月一八日に取締役会において代表取締役に選ばれたことは当事者間に争がないので、先ず右取締役選任の総会決議につき、取消原因たる法律上の瑕疵があるか否かにつき判断する。被控訴会社の定款第二四条において、取締役の数は七名以内と定められており、右定時総会以前の取締役は五名でそのうち古川浩(被控訴人)、古川明、泉岡宗三(控訴人)の三名が昭和三七年七月三一日に任期満了となつたところ、これを予期した被控訴会社の取締役会(同年七月五日開催)では、右の後任者補充として本件定時総会では取締役一名(古川浩)の選任を提案し、日を更めて総会で取締役一名(古川明)の選任を提案する旨を決議し、被控訴会社より右の旨を株主に通知し、右提案により本件選任決議がなされたことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第四号証(招集通知書)によれば、右総会通知には「第三号議案」として「任期満了による取締役一名改選の件」と記載したほか、右議案を提出するに至つた取締役会(昭和三七年七月五日)決議事項として「二、取締役古川浩、古川明、泉岡宗三の三名は来たる七月三一日を以て任期満了し、同八月一〇日定時株主総会で取締役一名古川浩を推薦選任の提案をなし、日を更めて古川明を取締役に選任することの総会に提案する。これは定款の趣旨に従い累積投票の請求を回避するがためである。」との決議内容を明記し、提案の説明としていることが認められ、被控訴会社の定款第二五条但書には、「取締役の選任については累積投票によらざるものとす。」との規定が存することが、成立に争のない甲第二号証によつて認められるが、他面、商法第二五六条ノ四によれば、会社が定款を以て累積投票に依らないことを定めた場合でも、発行済株式の総数の四分の一以上に当る株式を有する株主は累積投票によるべきことの請求を為し得ることは明白であり、控訴人等の有する株式の合計が五、〇一〇株であり、当時の被控訴会社の発行済株式総数二万株の四分の一以上の株式を有する株主に該当していることは、当事者間に争のないところである。

ところで右商法の規定する抽象的累積投票請求権は、多数決原理の支配する株主総会において、多数株主の権利行使により少数者の意思が各機会毎に抑圧され、結局においてすべての取締役の選任権能を多数者に独占されることから生ずることのある一種の多数者の権利濫用の弊を防止し、いわゆる多数者の横暴を抑制する手段として、比例代表と同趣旨の制度を導入し、少数株主にその最低限の権利保障を与えようとするためのものであるから、少数株主が累積投票を請求し得べき場合に、何等正当の理由なく、右請求の途を塞ぐ手段を講じて右請求の機会を失わしめることは、右の株主の権利の不法な侵害であつて、それが正当視せられないことは、具体的に発生した累積投票請求権の行使を妨げた場合と何等径庭のないものといわねばならない。ところで本件定時総会における提案即ち議案の提出方法は、前記取締役会で決定した議案の通りであつて、それは即ち任期満了取締役三名の後任として取締役二名の選任を決しながら、ことさらにその同時選任を避け、一名宛各別の総会において選任すべきことを定めたものであつて、その理由としては株主の累積投票請求の機会を失わしめるに在ることは、被控訴会社自らこれを明言して憚らず、明らかに脱法行為を企図するものであるから、右取締役で決定した議案、ひいては右議案をそのまま本件定時総会に提出した被控訴会社の提出方法は、単に不公正というよりもむしろ違法のものというべく、右提案の取締役一名宛の個別選任方法自体を総会において二名同時選任に修正することは、具体的な累積投票請求権行使を妨げることになるため許容されないところであるから、右提案はそのまま採用するか、拒否するかの二途択一の外ないところ、少数株主として拒否の見込なきことは明白であるから、結局右提案に基く採決を防止する途なく、かかる提案方法自体が成立すべき決議の内容を制約するものと考えることができる。固よりかような方法で成立した決議は、その内容において、その目的と結果とを通観すればその違法性は認められない訳ではないが、元来累積投票それ自体が決議方法の問題であるから、それよりもむしろ、かような趣旨の決議に導くための決定的手段としての議案提出方法それ自体を広義の採決方法(例えば議案の不当な抱き合せ採決などと同様に)と解し、その違法性を適法第二四七条に定める決議取消原因の一に数えることが是認されなければならない。そして右取締役古川浩の選任決議が取消さるべきものである以上、同人を代表取締役に選任した取締役会決議も無効たるを免れないから、被控訴人古川浩の職務執行停止、その代行者選任を求める控訴人等の被保全権利は、その余の点を判断するまでもなく右により疏明されたものというべきで、右被控訴人が代表取締役としてさらに第二の株主総会即ち昭和三七年九月八日の臨時総会の開催を計画、実施に移しつつあることは、当事者間に争なく、右は無権限者の行為であり、後記の通り正当視できないものであるから、早急に右被控訴人の職務執行を停止するの必要は優にこれを認めるに足る。よつて被控訴人古川浩の職務執行停止、代行者選任の仮処分命令は正当といわねばならない。次に右昭和三七年九月八日を会日とする臨時株主総会の開催の適否につき検討する。右総会の招集通知の記載事項が控訴人等主張の通りであることは被控訴人等の明らかに争わないところであり、右招集通知の記載する会議の目的たる事項のうち、第一号議案たる「取締役一名選任の件(候補者古川明氏)」とあるのは、前記累積投票回避の違法行為の継続手段であることは、前段判定事実と右記載とを綜合して一見明白であるけれども、右議案の総会における提出は違法であつても、右提案を記載した通知それ自体については議案提出と同様の違法性は認め難く、不完全、不適当という形式的不備あるものとはいえず、また、第二号議案たる「会社が発行する株式総数二万株は全部発行済に付き、これを八万株迄発行することのできるよう決議する件」とあるのは、むしろ授権資本即ち会社の発行し得べき株式の総数の拡大提案であることは容易に判読することができ、被控訴人等がこれをいかなる決議方法を以て採決するかの点とは一応無関係に考うべく、この意味において右通知記載方法は不完全、不適当とはいい難い。尤も、右総会の招集者は被控訴人古川浩であるから(この点は被控訴人等の明らかに争わないところ)同人の取締役資格が瑕疵ある決議に基く点において、取締役会の決定した総会招集行為の執行についての権限を有しない者の招集した株主総会であるとの非難は免れず、招集手続に瑕疵あるものということはできるが、かかる行為の阻止ないし保全の方法につき考察すると、元来株主は会社の行為としての株主総会の開催それ自体を阻止する実体法上の権利を有しないのみならず、一般的には事前に会社理事者の反省を促し、事後に総会決議の効力を争う手段と権利を有するのであるから、右のような招集手続の違法を理由に、直ちに総会の開催自体を禁止しようとすることは、仮処分として、被保全権利以上の効力を生ずる保全目的超越のそしりを免れず、他に本件において特に右臨時総会の開催禁止を命ずる仮処分の正当性ないし必要性を認むべき事由は疏明されない。よつて右臨時総会開催禁止を求める仮処分はその理由がない。

そうすると、本件につき大阪地方裁判所が昭和三七年九月六日に発した仮処分命令を全部取消し、控訴人等の仮処分申請を全部却下したのは相当でないから、これを変更し、右仮処分命令中職務執行停止と代行者選任を命じた部分はこれを認可し、その余の部分のみこれを取消し、右部分の仮処分申請を却下すべく、訴訟費用負担と仮執行宣言につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条、第一九六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長判事 岡垣久晃 判事 宮川種一郎 判事 大野千里)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例